日本酒

一ノ蔵 Madenaが描く日本酒の新境地|温泉の恵みが閉じ込められた琥珀の一滴

「日本酒×温泉熱×酒精強化」という異色のコラボレーション。その結晶である『一ノ蔵 Madena』が、世界的コンクールIWC2025にてゴールドを受賞した。温泉地・鳴子の熱を借りて熟成するという唯一無二のプロセスに、世界中の審査員たちが魅了された。ラグジュアリーでいて、どこか懐かしい。そんな””飲む時間旅行””を味わわせてくれる一本だ。

受賞したのは「ただの古酒」じゃない


『一ノ蔵 Madena』が受賞したのは、世界最大規模の酒類コンペ「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)2025」のSAKE部門、古酒のカテゴリー。そこで最高評価となるゴールドメダルを獲得した。

その理由は明快だ。単なる長期熟成ではなく、マデイラワインの技法を応用した「酒精強化」と「加温熟成」を取り入れているのがポイント。温泉熱でコントロールされた熟成プロセスが、日本酒の風味に新たな深みを加えている。

さらに、このMadenaは瓶詰後に常温でゆっくりと追熟させる仕立てで、生まれたままの風味を自然の力に委ねている。熱による変化と時間が織りなす味わいは、呑むほどにその奥行きを深めてくれる仕上がりだ。

なぜ「Madena」なのか──名前に宿る哲学


「Madena(マデナ)」の語源は、酒精強化ワインで知られる“マデイラ”と「一ノ蔵」のネーミングセンスが融合したもの。決して模倣ではない。日本酒の文脈で、まったく新しいアプローチを構築しようと試みた独創性が光る。

琥珀色の液体から立ち上るカラメルや干し果実のような芳香、舌にまとわりつく濃密な甘み。その後、ゆっくりと消えてゆく酸の余韻。既存の日本酒の枠をカジュアルに飛び越えていく仕上がりだ。

一ノ蔵とは──宮城が誇る伝統と革新の蔵元


1973年に宮城県の複数の酒蔵が合併して誕生した「株式会社一ノ蔵」は、地域密着ながら実験的な酒造りにも果敢に挑戦する造り手。無鑑査シリーズとなる普及酒から、プレミアムラインナップまで幅が広い。

創業時には、「手づくりの酒造りを大切に」という理念のもと、浅見商店、勝来酒造、櫻井酒造店、松本酒造店の4社が集結。創業初代社長の松本善作氏は「家族のように助け合い、手づくりの仕込みを残す蔵を」と若き代表者に願いを託した。

以来、「人と自然と伝統を大切にし、醸造発酵の技術を通じて豊かな生活を提案する」という経営理念のもと、サステナブルな取り組みや地域社会との連携にも注力している。

今回の「Madena」の受賞は、そうした同蔵の多層的な酒造りスタンスの延長線上にある成果。伝統の踏襲だけでなく、異文化や異分野から学び、それを日本酒に昇華する力がある。

公式サイト:https://ichinokura.co.jp

他の受賞酒も実力揃いだった


IWC2025では『Madena』だけでなく、以下の3銘柄も入賞している。どれも一ノ蔵らしい魅力的な個性を宿している。

一覧:一ノ蔵 IWC2025 受賞酒

  • 一ノ蔵 Madena
    • 部門:古酒の部(ゴールド)
    • 飲み方提案:ロックや常温で味の濃いチーズやデザートと合わせたい
  • 一ノ蔵 純米吟醸 プリンセス・ミチコ
    • 部門:純米吟醸酒の部(ブロンズ)
    • 特徴:バラの酵母由来の華やかで凛とした香り
  • 一ノ蔵 無鑑査本醸造 甘口
    • 部門:本醸造酒の部(ブロンズ)
    • 特徴:ロングセラーの柔らかな甘口本醸造
  • 一ノ蔵 特別純米酒 辛口
    • 部門:純米酒の部(大会推奨)
    • 特徴:熟成と酸のバランスがよく、飲み飽きしないキレ

温泉熱熟成とは?──技法の再解釈

温泉熱熟成は、マデイラワインの「エストファー」と呼ばれる工程が原点。ワインを意図的に加熱して酸化・熟成させる手法を、日本酒の文脈に置き換えたのが『Madena』だ。

宮城県大崎市にある鳴子温泉の地熱を活用することで、化石燃料を用いず持続可能な熟成プロセスを実現しているのも見逃せないポイント。

この温泉熱を利用した熟成は「一ノ蔵型六次産業化」の一環としても捉えられており、地元資源との融合による新たな価値創造と、地域への経済的波及効果も期待されている。

世界に知ってほしい琥珀の美酒──IWCとは


“”ワイン界のオスカー””と称されるIWC(International Wine Challenge)は、1984年から続く信頼と格式のあるコンクール。2007年から日本酒の部門「SAKE部門」も設けられ、今では世界最多の出品を誇る。

2025年大会では、1,476の銘柄が審査対象。そのなかで『Madena』がゴールドという快挙を達成したことの意義は重い。地方発の挑戦が、国境や文化を越えて評価されているのだ。

余韻まで深く馥郁と──これは飲む時間芸術だ

『一ノ蔵 Madena』の華やかな琥珀色は、煮詰まった時間そのものだ。温泉熱のゆらぎに身を任せながらゆっくりと熟成した味わいは、思考までもゆるやかにしてくれる。伝統に敬意を払いつつも、枠にとらわれない造りと発想。その“矛盾”が、美しく一杯に結実している。

今も「ローテク」と「ハイテク」の調和を見据え、日本酒の未来と文化の継承を見据える一ノ蔵。その一歩としてのMadenaは、まさに“静かな革新”だ。

大切な夜や、大切な人と。ちょっとした祝杯にも。「こういう日本酒もあるんだ」と、黙ってボトルを差し出してみる。それで十分なのかもしれない。

この記事を書いた人

J.S.A Wine Expert / Sake Diploma。酒の香りにとことん弱い。都市とローカルを往復しながら、その土地の一杯に耳をすませている。これまでに開催したワイン会・日本酒会では、のべ5000人以上に酒を注いできた。抹茶の世界にも、静かに足を踏み入れはじめたところ。飲んだ先に広がる世界を求めて、今日も一杯、のち一文。

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