ふいに風が抜けた時のような澄んだ余韻。そんな印象を残す日本酒が、いま海を越えて注目を集めている。イギリスのIWC2025──世界最大規模の日本酒審査会で、三重県伊勢市の蔵元・伊勢萬が手がける「おかげさま 純米吟醸 神の穂」が見事ゴールドメダルを受賞した。透明感あふれるのど越しに、じんわりと残る米の旨味。何が“世界に選ばれる味”なのか、そのディテールに深く踏み込んでみたい。
伊勢の水と米だけで仕上げた一本の真骨頂
「おかげさま 純米吟醸 神の穂」は、その名のとおり三重県によって育まれた要素をひとつに結晶させたお酒だ。原料となっているのは、県産の酒米“神の穂”。その米を引き立てるのが、伊勢神宮の神域を流れる五十鈴川の伏流水。三重県酵母MK3を使って発酵を進め、ぜんぶが“地産”で組み立てられた。
しかもこの酒、国の地理的表示制度である「三重GI」の基準もクリアし、三重県酒造協同組合によって「三重ヘリテイジ」として認証されている。土地の“文脈”をまるっと瓶に閉じ込めたような日本酒、それが「おかげさま」だ。
ゴールドメダルを射止めたインターナショナルな舞台
「おかげさま」の快挙が達成された舞台、IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)は、1984年創設の世界的なブラインドテイスティング審査会。中でもSAKE部門は2007年に開設され、日本国外の審査会としては最大規模を誇る。
2025年には1,476点もの日本酒が出品され、うち純米吟醸酒カテゴリーのゴールドメダルはわずか24点。その中にあって、「おかげさま」は見事そのひとつに選ばれた。そこには単なる“品評会の栄誉”以上の意味が込められている。
テイスティングノートが語る、複雑そして繊細な味わい
IWC公式のテイスティングコメントには、まるで香水のディスクリプションのように豊かな言葉が並ぶ。ジンジャーハニーに、りんご飴、にんじんのバターソテー。さらにゴールドキウイやパイナップル、ライムまで──どれもが一瞬で通り過ぎるのではなく、じわりと味覚の層を構築してゆく。
舌の上で果実感と酸がくるくると踊り、それらを束ねる芯のあるボディ。まさに“層を飲む”ような体験をさせてくれる日本酒といえるだろう。
醸すのは伊勢萬、“小さな蔵”の執念と矜持
造り手は、伊勢志摩唯一の酒蔵「伊勢萬」。本社は伊勢市、おかげ横丁の「内宮前酒造場」にその場を構える。大量生産はできないものの、その分資源と手間を注ぎ込み、こだわり抜かれた製造が徹底されている。
杜氏の船木健司氏もまた、「神の穂」が持つ力強い旨味をいかに軽やかに仕立てるかに注力し、温度や洗米作業など細部にまで神経を張り巡らせて仕込みに臨んだ。積み重ねた技術が、ついに世界の第一線で通用する酒として証明された形だ。
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おかげさま 純米吟醸 神の穂の商品ページ
「神の穂」という酒米の潜在力
“神の穂”は三重県独自の酒造好適米として開発された新品種。もともと吸水性や心白構造に優れており、味の輪郭をしっかり出しやすいのが特徴だ。それを生かしつつ、醸造では雑味を抑える繊細なコントロールが求められる。
伊勢萬は、この難しさを逆に酒の“深さ”へと昇華させた。単に県産素材を使うのではなく、それぞれの特性を設計図のように読み解き、ひとつの芸術として組み上げる骨太な美学がそこにはある。
テイスターたちの評価に裏打ちされた信頼
国際審査員による評価では、「非常にジューシー」「しっかりしたボディ」「レイヤー豊かな味わい」など、ポジティブなコメントが相次いだ。単調な甘さではなく、複数の味覚がリレーのように口内を走り抜ける構成力。
それは一過性のフルーティさでは決して出せない、“設計された美味しさ”。粋な肴やチーズのような発酵食品と合わせたくなる理由が、そこにある。
新しい酒の世界に飛び込むなら
「おかげさま 純米吟醸 神の穂」は、ただの“地酒”ではない。土地の文脈、醸造の技、挑戦する意志──あらゆるエッセンスが幾層にも重なり合った、日本酒というジャンルへの真摯な問いかけだ。世界が認めたローカルの底力、その一杯を、ぜひ自分の舌にも語らせてみてほしい。きっと「まだ知らなかった何か」が、そこにある。